現場で役立つ溶接機のトラブルシューティング:アーク不安定、送給不良、オーバーヒートの原因特定と性能回復のためのメンテナンス
溶接機は、金属加工や設備補修の現場において不可欠なツールです。しかし、その性能は日常的なメンテナンスの状態に大きく左右されます。特にアークの不安定さ、ワイヤー送給の問題、あるいは本体の異常発熱といったトラブルは、作業効率の低下だけでなく、溶接品質の劣化や機器の損傷にも直結します。
本稿では、設備メンテナンス技師の視点から、溶接作業中に発生しがちな主要なトラブルに焦点を当て、その原因特定、現場での実践的な診断、そして性能回復と維持のためのメンテナンス方法について詳述します。対象とする溶接機は、現場での使用頻度が高い被覆アーク溶接機と半自動溶接機(MIG/MAG)を中心に据えます。
溶接機の主要構成要素とトラブル発生ポイント
溶接機は、大まかに電源部、ケーブル、アースクランプ、電極ホルダー(被覆アーク)、あるいはトーチ(半自動)とワイヤー送給装置(半自動)で構成されます。これらのいずれかの要素に問題が発生すると、正常な溶接作業が困難になります。
- 電源部: 溶接電流と電圧を生成・制御する核となる部分です。内部回路の劣化、冷却機能の低下などがトラブルの原因となります。
- 溶接ケーブル・アースケーブル: 溶接電流を流す重要な経路です。被覆の損傷、断線、接続部の緩みや劣化は、抵抗増加による発熱や電圧降下、アーク不安定を引き起こします。
- アースクランプ: 母材とアースケーブルを接続します。接触面積の不足、錆や汚れによる接触不良は、アークの不安定やスパッタの増加の原因となります。
- 電極ホルダー(被覆アーク): 溶接棒を保持し、電流を供給します。バネの劣化による保持力低下、絶縁部の損傷、電極との接触不良が発生しやすい箇所です。
- トーチ(半自動): ワイヤー送給、シールドガス供給、電流供給を行います。ライナーの詰まりや折れ、コンタクトチップの摩耗や詰まり、ノズルのスパッタ付着、スイッチやケーブルの断線などがトラブルの原因となります。
- ワイヤー送給装置(半自動): 溶接ワイヤーを一定速度でトーチへ送ります。送給ローラーの摩耗や汚れ、ワイヤーの絡まり、モーターやギアの不調が発生しやすい箇所です。
現場での主要トラブルシューティング
1. アークが不安定、飛びやすい、スパッタが多い
考えられる原因:
- アースの接触不良: 最も一般的です。母材との接触面積が小さい、母材やアースクランプに錆や塗料が付着している、アースケーブルが断線しかけている。
- 溶接ケーブルの劣化/損傷: 内部断線、被覆損傷による芯線の露出・酸化、接続端子の緩みや腐食。
- 電極ホルダー/トーチの不調: 電極ホルダーの接触不良、コンタクトチップの摩耗・サイズ不適合、トーチケーブル内部の断線。
- ワイヤー送給速度の不適切(半自動): 送給速度が速すぎる、あるいは遅すぎる。
- 溶接設定の不適合: 電流・電圧設定、ガス流量(半自動)が適切でない。
- 母材の状態: 表面の錆、油、塗料などが付着している。
- 電源部の不調: 出力電圧・電流の不安定。
現場診断と対策:
- アース周りの確認: アースクランプが母材のクリーンな金属表面に確実に接続されているか確認します。必要に応じて母材の接続部を研磨します。アースクランプ自体の劣化(バネのヘタリ、接触部の摩耗)も確認します。
- ケーブルの点検: 溶接ケーブルとアースケーブルに目視で損傷がないか、接続端子が緩んでいないか確認します。接続部の清掃や増し締めを行います。ケーブル内部の断線は、抵抗計等で導通と抵抗値を測定することで診断可能です。異常に抵抗が高い場合は交換を検討します。
- ホルダー/トーチの点検:
- 被覆アーク: 電極ホルダーの電極保持部を清掃し、バネの保持力を確認します。
- 半自動: コンタクトチップが適切に締め付けられているか、内径が使用ワイヤー径に適合しているか確認し、摩耗していれば交換します。ノズル内のスパッタを清掃します。ライナーに詰まりや折れがないか、ワイヤーを送給しながら抵抗を確認します。
- ワイヤー送給装置の点検(半自動): 送給ローラーの溝がワイヤー径に適合しているか、摩耗していないか確認します。ローラー圧が適切か調整します。ワイヤーが絡まっていないか確認します。
- 溶接設定の確認: 使用する溶接法、ワイヤー径、母材厚、開先形状に応じた推奨電流・電圧、ガス流量になっているか再確認します。
- 母材前処理: 溶接部の錆、油、塗料などを完全に除去します。
応急処置として、ケーブルの軽微な被覆損傷であれば絶縁テープ等で一時的に保護することは可能ですが、内部断線や接続部の劣化は根本的な解決にはならず、継続使用は危険を伴うため、速やかに交換部品を手配し、本格的な修理を行う必要があります。
2. ワイヤー送給がスムーズでない、詰まる(半自動)
考えられる原因:
- トーチライナーの詰まり、折れ、汚れ: ライナー内部に金属粉やスパッタが堆積している、ライナーが急な角度で曲がっている、内部が錆びている。
- コンタクトチップの詰まり: ワイヤーが溶着している、内部に金属粉が詰まっている。
- ワイヤー送給ローラーの摩耗、汚れ、調整不良: ローラーの溝が摩耗している、溝に金属粉や油が付着している、ローラー圧が強すぎる/弱すぎる。
- 溶接ワイヤーの問題: ワイヤー表面の錆、ワイヤーリールの絡まり、ワイヤー自体の変形。
- トーチケーブルの折れ、損傷: ケーブル内部でワイヤー経路が狭くなっている。
- 送給モーター/ギアボックスの不調: 送給力が低下している。
現場診断と対策:
- ワイヤー経路の確認: ワイヤーリールから送給装置、トーチライナー、コンタクトチップまでの経路を目視で確認します。ワイヤーの絡まりがないか、トーチケーブルが不自然に曲がっていないか確認します。
- ライナーの点検と清掃/交換: トーチからワイヤーとコンタクトチップを外し、圧縮空気でライナー内部の金属粉を吹き飛ばします。汚れがひどい、あるいは内部が傷ついている/折れている場合は、ライナーを交換します。ライナーはトーチ長やワイヤー径に適合したものを選定します。
- コンタクトチップの点検と交換: チップの内側を確認し、ワイヤーが溶着していたり、金属粉が詰まったりしている場合は交換します。チップの材質や内径がワイヤー径と電流値に適合しているか確認します。
- 送給ローラーの点検と清掃/調整: ローラーの溝に付着した汚れや金属粉をワイヤーブラシなどで清掃します。ローラーの溝形状(U溝、V溝など)がワイヤーの種類(ソリッド、フラックス入り)や径に適合しているか、摩耗していないか確認します。ローラー圧を調整し、ワイヤーが滑らず、かつ潰れない適切な圧力を設定します。
- ワイヤーリールの点検: ワイヤー表面に錆がないか確認します。リールがスムーズに回転するか確認し、絡まりがある場合はほどきます。
- モーター/ギアボックスの確認: ワイヤーを送給させた際に、モーターから異音が出ていないか、滑りがないか確認します。これはより専門的な診断が必要になる場合があります。
応急処置として、ライナーやチップの清掃である程度回復する場合がありますが、摩耗や変形が原因の場合は部品交換が必須です。特にライナーやトーチケーブルの内部損傷は、一時的な対策が難しく、継続的な送給不良は溶接品質に致命的な影響を与えるため、早急な交換を推奨します。
3. 溶接機本体やトーチの異常発熱(オーバーヒート)
考えられる原因:
- 定格使用率を超えた連続使用: 特に小型機や、高電流での長時間作業。
- 冷却ファンの故障、目詰まり: 吸排気口に塵埃が堆積し、冷却効率が低下している。ファンモーターが故障している。
- 内部回路部品の劣化: スイッチング素子やトランス、ケーブルなどの接触抵抗増加による発熱。
- 溶接ケーブル/アースケーブルの損傷、細すぎる: ケーブル径が使用電流に対して細すぎる、あるいは内部断線等で抵抗が増加し、ケーブル自体が発熱している。
- アースの接触不良: 母材やクランプとの接触抵抗が増加し、アース側接続部が異常発熱する。
- トーチケーブルの損傷(半自動): トーチケーブル内部で電流経路の抵抗が増加し、ケーブルが発熱する。
現場診断と対策:
- 使用状況の確認: 現在の使用電流、溶接時間、休止時間を把握し、溶接機の仕様に記載されている「定格使用率」を超えていないか確認します。必要であれば休止時間を延長します。
- 冷却系の点検: 溶接機本体の吸排気口に塵埃が堆積していないか確認し、圧縮空気等で清掃します。冷却ファンが正常に回転しているか、異音がないか確認します。ファンが回っていない場合は、電源部内のファン制御回路やファン自体の故障が考えられます。
- ケーブル・接続部の点検: 溶接ケーブル、アースケーブル、アースクランプ、電極ホルダー/トーチケーブルに触れて、異常に熱くなっていないか確認します。特に接続部(端子、コネクタ)の緩みや腐食がないか確認します。ケーブル径が使用電流に対して適切か確認します。
- 電源部の内部点検(専門知識が必要): カバーを開けて、ヒートシンクや内部配線に異常な発熱箇所がないか確認します。これは感電の危険を伴うため、十分な知識と安全対策が必要です。
オーバーヒート保護機能が作動している場合、溶接機は自動停止します。無理に再開せず、原因を特定し冷却する時間を与えます。応急処置として、作業を中断し十分に冷却することが最優先です。根本原因(冷却系の問題、ケーブルの劣化など)を特定し、部品交換や清掃による対策が必要です。定格を超えた使用が常態化している場合は、より容量の大きい溶接機への更新も検討が必要になります。
性能回復・維持のための専門的メンテナンス
溶接機の性能を最大限に引き出し、寿命を延ばすためには、計画的なメンテナンスが不可欠です。
- 日常点検:
- 溶接ケーブル、アースケーブルに損傷がないか、接続部はしっかり締まっているか確認します。
- アースクランプ、電極ホルダー/トーチの状態を確認します。スパッタが付着していれば除去します。
- 電源部の吸排気口に大きな埃の塊がないか確認します。
- 定期点検と清掃:
- 溶接機本体のカバーを開け、内部の塵埃を圧縮空気等で吹き飛ばします。特にヒートシンクや基板、ファン周辺は念入りに清掃します。感電リスクを回避するため、必ず主電源を切って十分な時間をおいてから行います。
- ワイヤー送給装置(半自動)を分解し、送給ローラー、ワイヤーガイド、ライナー接続部などを清掃します。必要であればグリスアップを行います。
- トーチ(半自動)からライナーを取り外し、内部を清掃または交換します。
- 消耗品の適切な管理と交換:
- コンタクトチップ(半自動)は、ワイヤーの送給抵抗が増加したり、ワイヤーの溶着が見られたりしたら速やかに交換します。内径や長さを誤るとアーク特性に影響します。
- ノズル(半自動)は、スパッタ付着がひどくなるとシールドガス流量に影響するため、こまめに清掃するか交換します。スパッタ防止剤の塗布も有効です。
- ライナー(半自動)は、金属粉の詰まりや内部の摩耗、変形がワイヤー送給不良の主要因となるため、定期的な点検と、送給不良が改善しない場合の交換は必須です。
- 電極ホルダー(被覆アーク)は、電極保持部のバネの劣化やケーブル接続部の劣化が進んだら交換を検討します。
- 溶接ケーブル、アースケーブルは、被覆の損傷や内部断線、柔軟性の低下が見られたら交換します。適切な断面積のケーブルを選定することが重要です。
- 保管環境: 湿気や埃の少ない、温度変化の少ない場所に保管します。特に湿気は内部回路の腐食や絶縁劣化の原因となります。
メーカー非推奨の現場応急処置とそのリスク
現場では、予期せぬトラブルに対し迅速な対応が求められることがあります。例えば、溶接ケーブルの被覆が一部損傷した場合、絶縁テープで巻きつけて一時的に使用することが考えられます。また、アースクランプのバネが弱くなった際に、無理に角度を調整して接触面積を稼ごうとすることもあるかもしれません。
これらの応急処置は、限られた状況下で一時的に作業を継続させるために有効な場合があります。しかし、以下のリスクを伴います。
- 安全性低下: 絶縁不良箇所からの感電リスク、接触抵抗増加による異常発熱(火災リスク)が高まります。
- 溶接品質の低下: ケーブルや接続部の抵抗増加、接触不良はアークの不安定を招き、スパッタ増加、融合不良、ブローホールなどの溶接欠陥を誘発します。
- 機器への負荷: 電圧降下や電流不安定は、溶接機本体の回路に想定外の負荷をかけ、寿命を縮める可能性があります。
- 根本原因の放置: 応急処置で一時的にしのげても、根本原因(部品の摩耗、劣化)が解決されていないため、再発したり別の問題を引き起こしたりする可能性が高いです。
したがって、応急処置はあくまで緊急避難的な措置と位置づけ、作業が一段落したら、速やかにメーカー推奨の手順に基づいた正規部品による交換や修理を行うことが強く推奨されます。特に溶接電流が流れる部分の損傷は、人身に関わる重大事故につながる可能性があるため、慎重な判断が必要です。
寿命を延ばすための専門的アドバイス
- 適切な設定での運用: 溶接機の定格使用率を守り、過負荷運転を避けます。使用する母材、ワイヤー径、姿勢に応じた最適な電流・電圧設定を選択し、アーク長を適切に保つことで、溶接機への負担を減らし、溶接品質も向上します。
- 消耗品の早期発見と交換: コンタクトチップ、ノズル、ライナーなどの消耗品は、完全に機能不全になる前に、摩耗や劣化の兆候が見られた段階で早めに交換することで、溶接機本体への負担を軽減し、安定したアークを維持できます。
- 清掃の習慣化: 作業終了後にトーチやアースクランプのスパッタを除去するなど、日常的な清掃を習慣化することで、軽微な問題が重大なトラブルに発展するのを防ぎます。
- ケーブルの取り扱い: 溶接ケーブルは重く、硬くなりやすいため、無理に引っ張ったり、鋭利な角に擦り付けたりしないように注意します。使用後は丁寧に巻き取り、適切な場所に保管します。
- 専門業者による定期点検: 内部回路診断や送給装置の精密調整など、専門的な知識や計測機器が必要な点検は、メーカーや専門のサービス業者に依頼することも有効です。
溶接機は単に金属を接合するだけでなく、構造物の強度や信頼性に関わる重要な作業を行います。日頃からの適切なメンテナンスと、トラブル発生時の迅速かつ的確な対応は、溶接機を長持ちさせるだけでなく、安全かつ高品質な溶接作業を維持するために不可欠です。本稿で述べた内容が、現場での溶接機管理の一助となれば幸いです。