超音波厚さ計の精度維持:現場での探触子・カプラント管理と信頼性確保
はじめに
設備の状態監視や劣化診断において、超音波厚さ計は非破壊で対象物の肉厚を測定するための重要なツールです。配管、圧力容器、タンクなどの腐食や摩耗による肉厚減少を把握し、設備の安全性を維持するために広く用いられています。超音波厚さ計の測定精度は、適切なメンテナンスと現場での取り扱いに大きく依存します。特に、超音波の送受信を行う「探触子(プローブ)」と、探触子と対象物間の超音波伝達を助ける「カプラント(接触媒質)」の管理は、測定の信頼性を確保する上で不可欠です。
本記事では、設備メンテナンスの現場で超音波厚さ計を精度高く使用し続けるために重要な、探触子とカプラントの適切な管理方法、日常的な点検、および現場でのトラブルシューティングについて解説します。
超音波厚さ計の精度に影響する要因
超音波厚さ計の測定精度は、様々な要因によって変動します。主な要因として以下の点が挙げられます。
- 測定器本体の性能と状態: 本体内部の電子回路やバッテリーの状態などが影響します。
- 探触子の種類と状態: 探触子の周波数、素子の劣化、接触面の摩耗などが直接的に測定精度に関わります。
- カプラントの種類、塗布量、適用方法: 超音波が対象物内に効率よく伝播するためには適切なカプラントが必要です。
- 測定対象物の材質、表面状態、温度: 音速は材質や温度によって変化し、粗い表面や錆は超音波の透過を妨げます。
- 測定者の操作スキルと判断: ゼロ調整の実施、探触子の適切な当て方、測定値の評価などが精度に影響します。
これらの要因の中でも、現場で日常的に状態が変化しやすく、測定結果に大きく影響を与えるのが探触子とカプラントです。
現場での探触子管理
探触子は超音波を送受信する心臓部であり、その状態は測定精度に直結します。探触子の種類(シングルエレメント、デュアルエレメントなど)、周波数、サイズは測定対象や目的に応じて適切に選択する必要があります。
探触子の劣化診断
現場で探触子を使用する前に、以下の点を日常的に確認することが推奨されます。
- ケーブルの状態: ケーブルの被覆に損傷がないか、コネクタ部に緩みや汚れがないかを確認します。ケーブル内部の断線は信号の不安定や欠損を引き起こします。
- ケースの状態: ケースにひび割れや変形がないか確認します。内部への水分や油の浸入を防ぐ上で重要です。
- 接触面の状態: 探触子の接触面(フェース材)に傷、摩耗、剥がれ、汚れがないかを慎重に点検します。接触面の状態が悪いと、対象物との密着性が損なわれ、超音波の透過率が低下したり、信号波形が歪んだりします。特に、粗い表面や高温の対象物を頻繁に測定する場合、接触面の摩耗が進行しやすい傾向があります。
探触子の清掃と保管
使用後は、探触子に付着したカプラント、油、汚れなどを速やかに拭き取る必要があります。カプラントの種類によっては固着したり、ケースや接触面を劣化させたりする可能性があります。清掃には、柔らかい布やティッシュを使用し、必要に応じて水や推奨される中性洗剤をごく少量用います。有機溶剤の使用は、探触子を損傷させる可能性があるため、避けるべきです。
保管時は、直射日光や高温多湿を避け、衝撃が加わらないように専用のケースや柔らかい布に包んで保管します。ケーブルを無理に曲げたり引っ張ったりしないよう注意が必要です。
現場でのカプラント管理
カプラントは、探触子と測定対象物の間に存在する微細な空気層を取り除き、超音波を効率的に伝達させるために使用されます。空気は超音波をほとんど伝えないため、カプラントなしでは正確な測定は困難です。
適切なカプラントの選定と塗布
カプラントは測定対象物の表面状態、温度、材質に応じて適切な種類を選択する必要があります。
- 一般的な用途: グリセリン、プロピレングリコール、セルロースゲルなどが用いられます。粘度が高めのものが、粗い表面にも馴染みやすく推奨されることが多いです。
- 高温測定: 高温対応の特殊なカプラントが必要です。一般的なカプラントは高温で沸騰したり分解したりして超音波伝達能力を失います。使用温度範囲を確認して選択します。
- 特定材質: 浸透しやすい液体(例: 水や低粘度油)は、多孔質な材料に染み込み、測定値を不安定にさせることがあります。また、腐食性の液体を測定対象物に塗布することは避けるべきです。
カプラントは、測定点に空気が入らないように適量を塗布します。多すぎると過剰な減衰を引き起こしたり、垂れて周囲を汚したりする可能性があります。少なすぎると接触不良を起こします。
カプラント使用上の注意
- 異物混入: カプラントボトルにゴミや異物が混入しないように注意します。異物は超音波伝達を妨げる原因となります。
- 乾燥: 塗布したカプラントが乾燥すると超音波伝達が途絶えます。必要に応じて追加塗布します。特に、風が強い場所や乾燥した環境では注意が必要です。
- 清掃: 測定後は、対象物表面に残ったカプラントを必ず拭き取ります。材質によってはカプラントが腐食の原因となる可能性もあります。
本体、日常点検、および簡単な校正
探触子とカプラントの管理に加え、本体の状態確認と日常的な精度確認も重要です。
本体各部の点検
- ディスプレイ: 表示が鮮明で、欠けや滲みがないか確認します。
- コネクタ: 探触子ケーブルとの接続部に汚れや損傷がないか確認し、確実に接続されていることを確認します。
- バッテリー: バッテリー残量を確認し、必要に応じて充電または交換します。バッテリー電圧の低下は、信号強度に影響を与える可能性があります。
- 本体ケース: ケースにひび割れや損傷がないか確認します。
精度維持のための日常的な確認と簡単な校正
多くの超音波厚さ計には、既知の厚さを持つ標準試験片(テストブロック)が付属しています。現場での測定を開始する前や、疑わしい測定結果が得られた際には、この標準試験片を用いて簡単な精度確認を行うことが推奨されます。
- ゼロ調整: 探触子単体、または探触子にカプラントを付けて標準試験片上で、表示をゼロに合わせる「ゼロ調整」を行います。これは、探触子内部の遅延時間を補正するために不可欠な操作です。メーカーの取扱説明書に従い、適切に実施します。
- 厚さ確認: 標準試験片の既知の厚さを測定し、表示値が正確であることを確認します。表示値に許容範囲を超える差がある場合は、探触子の劣化、カプラントの不適切さ、または本体の不調が考えられます。
これらの日常的な確認により、測定の信頼性をある程度担保することが可能となります。
現場で発生しがちなトラブルシューティング
測定値の不安定または表示なし
- 原因: 探触子と対象物の接触不良、カプラント不足または不適切、対象物表面の粗さや錆、探触子またはケーブルの不具合、本体の不調などが考えられます。
- 対策:
- 対象物表面の清掃や研磨を試みます。
- 適切なカプラントを空気が入らないように再度塗布します。
- 探触子の接触面を確認し、清掃または摩耗が激しい場合は交換を検討します。
- ケーブルの接続を確認し、断線がないか別の探触子で試すなどの方法で確認します。
- 標準試験片で測定できるか確認し、本体の問題か探触子側の問題かを切り分けます。
ゼロ調整ができない
- 原因: 探触子の接触面の問題、探触子自体の故障、本体の不調などが考えられます。
- 対策: 探触子の接触面を丁寧に清掃し、傷や剥がれがないか確認します。別の探触子でゼロ調整ができるか試します。改善しない場合は、探触子または本体の専門業者による点検が必要です。
特定の厚さで測定値が異常になる
- 原因: 測定モード(例: パルスエコ、多重反射)、音速設定、探触子の種類と測定対象の組み合わせが不適切である可能性があります。
- 対策: 取扱説明書を参照し、測定モードや音速設定が対象物の材質と厚さに合っているか確認します。必要に応じて、より適切な周波数や種類の探触子を使用します。
専門的なメンテナンスと校正の必要性
日常的な点検と簡単な現場での確認は重要ですが、超音波厚さ計の精度を長期的に維持するためには、メーカーまたは認定された校正機関による定期的な専門メンテナンスと校正が不可欠です。
内部電子回路の点検、探触子の詳細な性能評価、および国家標準に基づいた校正を行うことで、測定器全体の信頼性を高いレベルで維持することができます。校正周期は、機器の使用頻度、重要度、メーカーの推奨などに従い設定します。通常、1年ごとの校正が一般的ですが、頻繁に使用する場合や重要な測定に用いる場合は、より短い周期での校正を検討すべきです。
現場での応急的な確認では見逃されがちな、探触子内部素子の劣化や本体回路の僅かな異常も、専門業者であれば検出可能です。不正確な測定は、設備の誤った診断や修理判断に繋がり、重大な事故やコスト増を招く可能性があります。このリスクを回避するためにも、定期的な専門メンテナンスと校正は、設備メンテナンス技師の重要な責務であると言えます。
まとめ
超音波厚さ計は、設備の非破壊検査において欠かせないツールです。その信頼性の高い測定を継続するためには、測定器本体だけでなく、特に探触子とカプラントの日常的な、そして専門的な管理が極めて重要です。
探触子の状態確認、適切な清掃と保管、カプラントの正しい選択と使用は、現場での測定精度を維持するための基本です。また、標準試験片を用いた日常的な精度確認とゼロ調整は、測定の信頼性を高める上で有効な手段となります。
しかし、これら現場での対応には限界があります。超音波厚さ計の性能を最大限に引き出し、測定結果の信頼性を長期的に保証するためには、定期的な専門メンテナンスと校正を計画的に実施することが不可欠です。これらの適切なケアを継続することで、超音波厚さ計を正確な診断ツールとして長く活用し、設備の安全と信頼性確保に貢献することができます。