設備メンテナンスにおける温度計・熱電対の専門的メンテナンス:精度低下原因、校正手順、寿命診断
はじめに:温度測定精度が設備信頼性を左右する
設備メンテナンスにおいて、温度は多くのプロセスや機器の状態を把握するための重要なパラメータです。ポンプの軸受温度、モーターの巻線温度、配管内の流体温度、反応槽の温度など、温度計や熱電対から得られる情報は、設備の異常検知、プロセス制御、さらには製品品質の維持に不可欠です。これらの温度センサーの精度が低下すると、誤った情報に基づいた判断を下すことになり、設備の故障、予期せぬシャットダウン、エネルギーロスの増大、最悪の場合は重大事故に繋がるリスクも存在します。
経験豊富な設備メンテナンス技師にとって、温度計・熱電対の単なる交換にとどまらず、その精度を維持し、寿命を最大限に延ばすための専門的な知識と実践的なスキルは非常に価値が高いと言えます。本記事では、温度計・熱電対の主な種類ごとの精度低下原因、現場で実施可能な診断方法、信頼性の高い校正手順、そして適切な寿命診断と交換基準について解説します。これらの知識は、限られた時間の中で設備を最適な状態に保つための効率的なメンテナンス計画立案にも寄与するでしょう。
温度計・熱電対の主要な種類と精度維持のポイント
現場で広く使用される温度センサーは、主に以下の種類に分類されます。種類によって構造、測定原理、そしてメンテナンスのポイントが異なります。
熱電対 (Thermocouple)
異なる2種類の金属線を接合し、その両端に温度差を与えると起電力(ゼーベック効果)が生じる原理を利用した温度計です。シンプルで堅牢、応答速度が速く、広い温度範囲の測定に適しています。K型、J型、T型、E型、R型、S型、B型など、使用される金属の種類によって特性や使用温度範囲が異なります。
- 精度維持のポイント: 接点(測温接点、基準接点)の状態、使用環境による素線の劣化(特に高温)、異物質の付着による汚染、振動による断線・短絡、保護管の損傷。延長コードや補償導線の種類誤りや劣化も誤差原因となります。
測温抵抗体 (RTD: Resistance Temperature Detector)
白金(Pt)などの金属が、温度によって電気抵抗値が変化する性質を利用した温度計です。特にPt100(0℃で100Ωの抵抗値を持つ白金測温抵抗体)が産業用途で広く使われています。熱電対より精度が高く安定していますが、応答速度は遅めです。
- 精度維持のポイント: 素線の断線・劣化、リード線の断線や接触不良、振動や衝撃による素子の損傷、被覆の劣化による短絡やリーク電流。外部からのノイズや配線抵抗の影響を受けやすいため、適切な配線方法(3線式、4線式)と接続が重要です。
放射温度計 (Infrared Thermometer)
物体から放射される赤外線エネルギーを非接触で検出して温度を測定します。高温物体や移動体の測定、衛生的な測定に適しています。レンズの清浄度が測定精度に大きく影響します。
- 精度維持のポイント: レンズ表面の汚染(粉塵、油分、水分)、周囲温度や雰囲気(蒸気、煙、粉塵)の影響、測定対象の放射率設定、内部素子の経年劣化。設置環境の管理とレンズ清掃が重要です。
現場での劣化診断とトラブルシューティング
温度計・熱電対の精度低下や故障は、多くの場合、特定の兆候を伴います。現場での迅速かつ正確な診断は、不要な部品交換を避け、効率的に問題を解決するために不可欠です。
目視点検
- 外観: 保護管の損傷、腐食、変形、亀裂がないか確認します。熱電対素線や測温抵抗体素子、リード線被覆に変色、膨潤、ひび割れがないか確認します。
- 接続部: 端子箱内の結線が緩んでいないか、腐食していないか、異物が付着していないか確認します。コネクタ式のものは、ピンの曲がりや接触不良がないか確認します。
- 設置状況: センサーが測定対象に適切に挿入されているか、固定が緩んでいないか、周囲からの不要な熱影響(放射熱、空気の流れ)を受けていないか確認します。放射温度計の場合は、レンズに汚れがないか、視野内に障害物がないか確認します。
電気的測定
テスターやマルチメーターを用いた電気的測定は、センサー本体の健全性を診断する基本的な方法です。
- 抵抗値測定 (測温抵抗体): リード線間の抵抗値を測定し、仕様値(例: Pt100の場合、0℃で約100Ω)や過去の測定値と比較します。温度を既知の恒温槽などで変化させながら抵抗値の変化を確認することも有効です。リード線が3線式や4線式の場合は、各線間の抵抗値バランスを確認し、断線や抵抗値増加がないか診断します。
- 導通確認 (熱電対): 熱電対の素線間の導通を確認します。断線している場合は無限大の抵抗値を示します。
- 絶縁抵抗測定: 高温や湿潤環境で使用されるセンサーは、素線や素子と保護管(アース)間の絶縁が劣化することがあります。メガーなどを用いて絶縁抵抗値を測定し、規定値以上を保っているか確認します。絶縁不良は出力値の不安定化や短絡故障の原因となります。
出力信号の確認とループチェック
センサーからの出力信号(電圧信号:熱電対、抵抗値信号:測温抵抗体)が、指示計やPLCで正しく受信されているかを確認します。
- 指示値の確認: 指示計やPLCで表示される温度値が、プロセスの実際の状態(他の温度計との比較、物理的な状態など)と大きく乖離していないか確認します。異常な高値、低値、不安定な変動はセンサーまたは伝送系の異常を示唆します。
- 信号発生器によるループチェック: 温度校正器の信号出力機能や専用の信号発生器を用いて、センサー入力を模倣した信号を指示計やPLCに入力し、表示値が正しいか確認します。これにより、センサー本体以外の伝送ケーブル、指示計、入力モジュールなどの異常を切り分けることができます。
校正手順と信頼性確保
温度計・熱電対は経年劣化や使用環境の影響により、真の値からずれていく(ドリフトする)ことがあります。定期的な校正は、その精度を保証し、信頼性を維持するために不可欠です。
校正の基本的な考え方
校正とは、対象の測定器(ここでは温度計・熱電対)の示す値と、より信頼性の高い基準器の示す値を比較し、その差を確認する作業です。必要に応じて、測定器が真の値を示すように調整(これも校正の一部とされる場合があるが、厳密には調整と呼ぶべき)を行います。
現場校正と持ち込み校正
- 持ち込み校正: 校正機関やメーカーにセンサーを持ち込み、恒温槽などの基準器を用いた高精度な校正を実施します。トレーサビリティの取れた正式な校正証明書が発行されます。重要な測定点や、厳密な精度管理が必要な場合に適しています。設備を停止させる必要があります。
- 現場校正: 設備に取り付けられた状態、または現場で容易に取り外し可能な状態で実施する校正です。携帯型の温度校正器やドライウェルキャリブレータなどを用います。迅速に実施でき、設備停止時間を短縮できますが、外部環境の影響を受けやすく、精度は持ち込み校正に劣る場合があります。
現場校正の実際の手順(例:熱電対・測温抵抗体)
- 準備: 校正対象のセンサー、携帯型温度校正器(基準器と温度発生部を兼ねるもの)、接続ケーブル、必要に応じてマルチメーター、記録用紙などを用意します。
- 接続: 校正器のセンサー挿入部に、校正対象のセンサーを深く挿入します。熱電対の場合は、校正器の熱電対入力端子に接続し、基準接点補償が正しく行われることを確認します。測温抵抗体の場合は、3線式または4線式で校正器のRTD入力端子に接続します。
- 温度設定: 校正器で、校正したい温度点(複数点推奨:例として0℃、100℃、設定温度付近など)を設定します。
- 安定待機: 設定温度に達した後、十分な時間待機し、校正器内の温度とセンサーが十分に安定するのを待ちます。温度勾配の影響を最小限にするため、センサーを深く挿入することが重要です。
- 値の比較と記録: 校正器が示す基準温度と、校正対象センサーからの出力に基づき校正器または指示計が示す温度値を比較し、記録します。熱電対の場合は、校正器のミリボルト(mV)出力とセンサーのmV出力を比較する方法も精確です。
- 許容誤差判定: 記録した差が、設備の要求仕様や管理基準で定められた許容誤差範囲内にあるか判定します。
- 履歴管理: 校正結果、実施日、実施者、合否判定などを記録し、履歴として管理します。
校正周期の設定
校正周期は、センサーの種類、使用環境(温度範囲、雰囲気、振動)、重要度、過去の校正履歴(ドリフト傾向)、メーカー推奨などを考慮して設定します。一律ではなく、リスクベースでの設定が望ましいです。例えば、厳しい環境で使用され、かつ重要なプロセス制御に関わるセンサーは短い周期、安定した環境で使用される監視用センサーは長い周期とします。
寿命診断と適切な交換基準
温度計・熱電対には明確な「寿命」表示はありませんが、使用時間、温度履歴、環境ストレスなどにより劣化は進行し、最終的には測定精度が許容範囲を超えたり、物理的に断線・短絡に至ったりします。
寿命の兆候
- ドリフト: 校正結果で、基準値からのずれ(誤差)が徐々に増大する傾向が見られる場合。特に高温での長期間使用により発生しやすい現象です。
- 応答速度の低下: 温度変化に対する出力信号の追従性が悪くなる。
- 出力値の不安定化: 特定の温度や環境条件下で、出力値が大きく変動したり、ノイズが増えたりする。
- 物理的劣化: 保護管の変形、亀裂、内部素線の露出、コネクタや端子部の顕著な腐食など。
- 絶縁抵抗の低下: 特に高温多湿環境での使用後、絶縁抵抗値が規定値を下回る。
適切な交換基準
以下のいずれかに該当する場合、交換を検討または実施することが適切です。
- 校正結果が許容誤差範囲を超える: 校正を行っても、その誤差が設備の要求する精度を満たせない場合。調整機能がある場合は調整を試みますが、それでも改善しない場合は交換が必要です。
- 物理的な損傷が確認された: 保護管の破損などにより、測定対象への直接的な接触リスクや、内部への湿気・異物侵入リスクがある場合。
- 頻繁な測定値の不安定化や異常が発生する: トラブルシューティングや校正を行っても、測定値の信頼性が確保できない場合。
- 重要な監視点/制御点で、過去の故障履歴やメーカー推奨から予防交換時期が来ている: 特に予期せぬ停止が大きな損失に繋がる設備の場合、稼働実績に基づいた計画的な予防交換が有効です。
- 絶縁抵抗値が規定値を下回った: 安全上、または安定した測定のために交換が必要となります。
代替品を選定する際は、元のセンサーと同じ種類、特性(例: K型熱電対、Pt100 B級)、保護管の材質・形状、長さ、接続方法などを確認し、使用環境と測定対象に適合するものを選びます。安価な互換品の場合、精度や耐久性が劣る可能性があるため注意が必要です。
まとめ
温度計・熱電対は、設備の状態監視やプロセス制御において地味ながらも極めて重要な役割を担っています。これらのセンサーの精度が維持されているかは、設備全体の信頼性、安全性、エネルギー効率、そして製品品質に直結します。
設備メンテナンス技師としては、単に故障したセンサーを交換するだけでなく、センサーの種類ごとの特性を理解し、目視点検、電気的測定、出力信号確認といった多角的な診断を実施することが重要です。また、定期的な校正は精度保証の要であり、現場校正と持ち込み校正を適切に使い分け、校正履歴を管理することが求められます。
さらに、ドリフトや応答速度低下といった寿命の兆候を早期に捉え、校正結果や設備の重要度に基づき適切な交換基準を設けることで、予期せぬトラブルを防止し、設備の安定稼働に貢献することができます。これらの専門的な知識と実践を通じて、温度計・熱電対の信頼性を高め、設備メンテナンスの質を向上させることが可能となります。