設備診断における熱画像分析の実践:電気・機械設備の異常特定、温度異常の評価基準、診断精度を高める運用と管理
設備診断における熱画像分析の重要性
設備の予知保全や精密診断において、熱画像分析は非接触で対象の温度分布を可視化できる強力なツールです。特に電気設備における接続部の過熱や、機械設備における軸受の異常摩擦など、温度異常は多くのトラブルの初期兆候として現れます。経験を積んだメンテナンス技師にとって、熱画像は単なるカラースペクトルではなく、設備の健康状態を示す重要な情報源となります。本記事では、熱画像分析を設備診断に効果的に活用するための実践的なポイント、異常の評価基準、そして診断精度を高めるための運用と管理方法について解説します。
熱画像診断の基礎と正確な測定のための要素
熱画像カメラは、物体から放出される赤外線エネルギーを検出して画像化します。このエネルギー量は、物体の温度、放射率、周囲環境の温度(反射温度)、そして大気の状態に影響されます。正確な温度測定には、以下の要素を理解し、適切に設定することが不可欠です。
- 放射率 (Emissivity): 対象表面がどれだけ熱放射しやすいかを示す値です。金属表面(特に光沢があるもの)は放射率が低く、塗装面やゴム、絶縁材などは比較的高くなります。正確な温度測定には、対象表面に応じた適切な放射率設定が求められます。
- 反射温度 (Reflected Temperature): 対象表面に反射する周囲の熱源(太陽光、隣接する高温機器など)からの赤外線です。特に放射率の低い表面では、反射温度の影響が大きくなります。正確な診断には、反射温度を推定し、カメラに設定する必要があります。
- 距離と角度: 測定距離が長すぎると、大気の吸収や散乱の影響を受けやすくなります。また、斜めからの測定は正確な温度分布を捉えにくい場合があります。可能な限り、対象に垂直に近い角度で、適切な距離から測定することが推奨されます。
- 大気透過率: 湿度や塵埃、霧などは赤外線の透過を妨げます。特に悪条件下での測定では、測定距離と大気透過率を考慮する必要があります。
これらの要素、特に放射率と反射温度の適切な設定は、熱画像診断の精度に直結するため、経験と専門知識が要求されます。
電気設備における熱画像診断の応用と異常パターン
電気設備は、過電流や接続不良によるジュール熱で温度が上昇しやすい診断対象です。熱画像診断は、非通電状態での点検が難しい活線状態の設備診断に特に有効です。
- 診断対象例:
- 高圧・低圧配電盤、制御盤内の端子接続部、ブレーカー、リレー
- 変圧器、開閉器、避雷器
- 電動機の端子箱、ケーブル接続部
- ケーブルラック、バスダクトの接続部
- 典型的な異常パターン:
- ホットスポット: 接続不良や断線箇所で電流集中により顕著な温度上昇が見られます。隣接する健全な箇所との温度差(ΔT)が重要な判断基準となります。
- 温度勾配: 異常箇所から熱が放散される様子が温度のグラデーションとして捉えられます。
- 全体的な温度上昇: 過負荷や冷却不良により、設備全体の温度が高くなる場合があります。
機械設備における熱画像診断の応用と異常パターン
機械設備では、摩擦、振動、流体の漏れや詰まりなどが温度異常として現れます。
- 診断対象例:
- 軸受、ギアボックス
- モーター、ポンプ、ファン
- コンベアのローラー
- 油圧・空圧機器のシリンダー、バルブ、ホース
- 炉、ボイラー、配管(断熱不良、詰まり)
- 典型的な異常パターン:
- 軸受の過熱: 潤滑不良や過負荷、取り付け不良などにより、軸受部が周囲よりも高温になります。異常箇所は通常、回転体の軸受部に局所的に現れます。
- ギアボックスの温度上昇: 潤滑油の劣化、油量不足、歯車の摩耗、ミスアライメントなどにより、ギアボックス全体または一部が過熱します。
- 流体漏れ・詰まり: 液体やガスの漏洩箇所は温度変化を伴うことがあり、配管の詰まり箇所は上流と下流で温度差が生じる場合があります。
- 断熱材の損傷: 炉や高温配管の断熱材が損傷している箇所は、周囲よりも明らかに温度が高くなります。
温度異常の評価基準
検出された温度異常が設備の健全性にどの程度影響を及ぼすかを評価するには、いくつかの基準が用いられます。絶対温度だけでなく、周囲環境や類似設備との比較、温度上昇の速度も考慮します。
- 温度差 (ΔT): 健全な箇所または類似の設備との温度差を評価基準とすることが一般的です。例えば、電気設備では、同じ相の健全な接続部と比較して特定の接続部が何度高いかを見ます。この温度差が大きいほど、異常の度合いが高いと判断されます。具体的な温度差による評価基準(例: ΔTが10℃以上で要注意、20℃以上で要修理)は、対象設備の種類、重要度、過去のデータ、そして業界標準や社内基準に基づいて定められます。
- 絶対温度: 対象の絶対温度が、その設備の許容温度範囲や設計上の制限温度を超えているかを確認します。
- 温度上昇の傾向: 定期的な診断により、特定の箇所の温度が時間とともにどのように変化しているかを追跡し、異常の進行速度を評価します。
これらの基準は、あくまで一般的な目安であり、実際の評価には設備の重要度、稼働状況、製造者の推奨などを総合的に考慮する必要があります。
診断精度を高めるための運用と管理
熱画像診断の信頼性を維持するためには、機器の適切な管理と診断プロセスの標準化が重要です。
- カメラの選定と校正: 診断対象の温度範囲や必要な解像度に応じたカメラを選定します。定期的なメーカー校正は、測定精度を保証するために不可欠です。
- 診断計画の策定: 診断対象設備の重要度、リスク、過去のデータを基に、定期的な診断計画を立てます。計画的な診断により、異常の早期発見と傾向管理が可能になります。
- 放射率データベースの構築: 診断頻度の高い設備の表面材質ごとの放射率データを蓄積し、診断時に参照できるようにします。
- 診断条件の標準化: 測定距離、角度、環境条件(外気温、湿度、風など)を記録し、可能な限り条件を揃えて診断を行います。これにより、過去のデータとの比較精度が向上します。
- データ管理と分析: 撮影した熱画像、可視画像、測定データ、診断結果、推奨処置などを一元管理します。時系列でのトレンド分析は、異常の進行状況を把握し、適切なメンテナンス時期を判断する上で非常に有効です。
- 診断レポートの作成: 診断結果を明確に記録し、関係者間で共有できるレポートを作成します。熱画像だけでなく、異常箇所の可視画像、測定温度、評価基準、推奨されるメンテナンス処置などを具体的に記述します。
現場での実践的トラブルシューティングと限界
熱画像診断中に遭遇する可能性のある問題と、その限界について理解しておくことも重要です。
- 画像ノイズや測定誤差: 不適切な放射率・反射温度設定、測定距離、またはカメラ自体の問題により、画像ノイズが発生したり、温度測定値に誤差が生じたりすることがあります。設定値の再確認、測定条件の調整、カメラの清掃や点検を行います。
- 誤診断の回避: 熱画像は表面温度を測定するものであり、内部の状態を直接示しません。また、他の熱源(太陽光、熱気流、隣接機器)の影響を受けることがあります。異常と判断する前に、可視画像、設備の稼働状況、電気的な測定値(電流、電圧)など、他の情報と照合し、総合的に判断することが不可欠です。例えば、電気接続部が熱く見えても、それは単に周囲の高温機器からの反射である可能性も考慮する必要があります。
- 捉えられない異常: 熱を伴わない異常(例: 絶縁劣化初期、機械的な緩み、亀裂)は熱画像では検出できません。熱画像診断は、他の診断技術(振動診断、絶縁診断、異音診断など)と組み合わせて行うことで、その効果を最大限に発揮します。
- 環境による制限: 屋外での診断は、日射や風の影響を強く受けます。可能な限り、環境条件が安定している時間帯に実施するか、影響を最小限に抑える工夫(例: 風よけの設置)が必要です。
まとめ
設備メンテナンスにおける熱画像分析は、電気・機械設備の異常を早期に発見し、予知保全を効果的に実施するための強力な手段です。正確な温度測定のための基礎知識、対象設備ごとの異常パターンの理解、適切な評価基準の適用、そして診断精度を高めるためのカメラ管理とデータ運用が、診断の信頼性を高める鍵となります。
熱画像はあくまで診断ツールの一つであり、得られた情報を適切に解釈し、他の診断手法や設備の運用履歴と組み合わせることで、より確実なメンテナンス計画を立案することが可能となります。継続的な学習と現場での経験を通じて、熱画像分析のスキルを向上させることが、設備の安定稼働と長寿命化に貢献します。