流量計の精度維持と現場診断:信頼性を高めるメンテナンスと校正管理
はじめに
工場やプラントにおけるプロセス制御において、流量計は極めて重要な役割を担っています。原材料の供給量管理、製品の生産量計測、薬品の投入量制御など、その計測精度はプラントの安定稼働、製品品質、そしてコスト管理に直結します。設備メンテナンス技師にとって、設置された流量計が常に正確な値を示し、要求される信頼性を維持していることを確認し、必要に応じて適切なメンテナンスや校正を行うことは必須の業務となります。
本記事では、流量計の精度低下の主要な原因、現場での日常的な点検・診断方法、一般的なトラブルシューティング、そして信頼性を確保するための校正管理について解説します。
流量計の精度低下の主な原因
流量計の精度は、様々な要因によって時間と共に低下する可能性があります。主な原因としては、以下のような点が挙げられます。
1. 媒体の状態変化や異物の影響
- 汚れ・付着: 流れる媒体に含まれる微粒子、スケール、結晶などが流量計の計測部に付着し、流路形状を変えたり、センサーの感度を低下させたりします。特に差圧式流量計のオリフィスプレートのエッジ摩耗や、面積式流量計のフロートへの付着、電磁式流量計の電極表面への付着などが影響します。
- 摩耗: 特に機械的な機構を持つ流量計(例: 容積式、タービン式)では、流れる媒体との摩擦や高速回転による部品の摩耗が進み、クリアランスの変化や精度低下を引き起こします。差圧式におけるオリフィスプレートの開口部摩耗も精度の大きな誤差につながります。
- 媒体の物性変化: 温度、圧力、粘度、密度などの媒体の物性が設計時の条件から大きく変動した場合、特に差圧式や面積式など、これらの物性に影響を受ける原理の流量計では精度が低下する可能性があります。
2. 設置環境と配管条件
- 振動や衝撃: 外部からの振動や配管自体の振動は、流量計内部の部品に影響を与えたり、信号のノイズ源となったりして精度を損なうことがあります。
- 温度変化: 周囲温度や媒体温度の大きな変動は、流量計本体や関連する変換器、ケーブルの特性に影響を与える可能性があります。
- 配管条件不備: 流量計の種類には、その前後に一定の長さの直管部が必要なものが多いです。エルボ、バルブ、フィルターなどが近くにあると、流れの乱れ(スワール、偏流)が発生し、正確な計測が阻害されます。また、流量計の取り付け向きや姿勢が指定通りでない場合も影響が出ます。
- 外部磁界・電界: 特に電磁式流量計は、周囲の強力な磁界や電界の影響を受けやすい性質があります。
3. 流量計本体の経年劣化
- センサー部の劣化: センサー自体の感度低下や応答速度の遅延が発生することがあります。
- 電子回路の劣化: 変換器内の電子部品(コンデンサなど)の劣化は、信号処理の不安定化や出力値のずれにつながります。
- シール材・パッキンの劣化: 媒体の漏れを引き起こすだけでなく、内部構造の変化につながり精度に影響を与える可能性もあります。
現場での日常点検と診断
流量計の精度を維持するためには、定期的な日常点検が不可欠です。現場で実践可能な点検項目を以下に示します。
- 目視点検:
- 流量計本体、変換器、配管接続部に異常な振動や漏れがないか確認します。
- 指示計や表示部に異常な数値やエラーメッセージが表示されていないか確認します。
- ケーブルや配管が適切に固定され、物理的な損傷がないか確認します。
- 周囲環境に過度な熱源、振動源、強力な電磁ノイズ源がないか確認します。
- 指示値の確認:
- システムが停止している状態(流量ゼロのはず)で、指示値がゼロを示しているか確認します。ゼロ点ずれがないか確認することは重要です。
- 既知の運転条件(ポンプの回転数、バルブの開度など)における過去のデータや、並行して設置されている別の計測器の値と比較し、指示値に大きな乖離がないか確認します。
- 配管条件の確認:
- 流量計の設置位置が、メーカー推奨の直管長を確保できているか、エルボやバルブからの適切な距離が取れているか、改めて確認します。過去の設置記録や配管図面を参照することも有効です。
- 清掃:
- 流量計本体や表示部の汚れを定期的に拭き取ります。特に電磁式流量計の電極部分など、媒体と直接触れる部分で、外部からアクセス可能な箇所は、システム停止時に適切な方法で清掃を検討します。
現場でのトラブルシューティング
流量計から異常な指示値や動作が確認された場合、迅速に原因を特定し、適切な対応を行う必要があります。以下に一般的なトラブルシューティングの考え方を示します。
1. 指示値がゼロまたは異常に低い場合
- 原因の可能性:
- 実際に流量が流れていない。
- 流量計が詰まっている。
- センサーの故障。
- 変換器や信号ケーブルの異常。
- 電源供給の問題。
- ゼロ点ずれ。
- 確認・対策:
- システム運転状況(ポンプの動作、バルブの開度など)を確認し、流量が流れているはずか確認します。
- 配管やフィルターの詰まりの可能性を検討します(流量計そのものの詰まりも含む)。
- 変換器の電源が入っているか、エラー表示が出ていないか確認します。
- 信号ケーブルの断線や接続不良がないか確認します。
- 電磁式流量計の場合、電極表面の汚れを確認し、必要に応じて清掃を検討します。
- 変換器でゼロ点調整が可能であれば、指示に従って調整を試みます。ただし、原因不明のゼロ点ずれは根本原因の調査が必要です。
2. 指示値が異常に高いまたは過度に変動する場合
- 原因の可能性:
- 流れの乱れ(設置場所の問題)。
- センサーの異常(ノイズ拾いなど)。
- 変換器や信号ケーブルの異常(ノイズ干渉など)。
- 気泡やスラッジの混入。
- スパンずれ。
- 外部からの振動や電磁ノイズの影響。
- 確認・対策:
- 流量計前後の配管条件に問題がないか再確認します。
- 媒体に気泡やスラッジが多く混入していないか確認します(特にポンプ吸込側などの運転状況を確認)。
- 信号ケーブルが動力線などノイズ源となるケーブルと並行して敷設されていないか確認し、必要に応じてシールドや分離を検討します。
- 流量計本体や配管に異常な振動がないか確認します。
- 変換器でスパン調整が可能であれば、既知の基準流量(別の正確な流量計や容積法など)を用いて調整を試みます。
3. 指示値が全く動かない、またはフリーズしている場合
- 原因の可能性:
- 電源喪失。
- 変換器のフリーズまたは故障。
- センサーと変換器間の通信不良。
- 信号ケーブルの断線または接続不良。
- 確認・対策:
- 変換器の電源表示灯を確認します。電源が供給されているか確認します。
- 変換器を再起動してみます(手順はメーカーのマニュアルに従います)。
- センサーと変換器間のケーブル接続を確認します。
- 変換器自体やセンサー自体の故障診断を行います(メーカーサポートへの問い合わせが必要な場合が多いです)。
信頼性を確保するための校正管理
流量計が正確な計測を継続するためには、定期的な校正が不可欠です。校正は、流量計の指示値と真の値(基準となる正確な流量計や計測方法による値)との関係を確認し、必要に応じて調整する作業です。
1. 校正の重要性
経年劣化や使用環境の変化により、流量計の精度は徐々に低下します。この精度低下を見つけるため、またシステム要求精度を維持するために校正は必要です。適切な校正管理は、製品品質の維持、プロセスの安定化、歩留まり向上、そして正確なトレード計測(売買や課金に関わる計測)における信頼性確保に不可欠です。
2. 校正周期
校正周期は、流量計の種類、使用頻度、媒体の種類、要求される精度レベル、過去の校正履歴などを考慮して決定されます。一般的には1年に一度程度が目安とされることが多いですが、重要度の高い計測点や厳しい環境下で使用される場合は、より短い周期での校正が必要となることもあります。メーカー推奨の周期や業界標準も参考にし、自社の管理規程に基づいて決定します。
3. 現場での簡易的な確認方法
本格的な校正は専門の校正機関やメーカーで行うことが多いですが、現場で日常的に精度を簡易的に確認する方法もあります。
- ゼロ点確認: 媒体が流れていない状態(配管停止、バイパスバルブ閉鎖など)で、指示値がゼロになっているか確認します。
- 既知流量との比較: 可能であれば、正確なタンクのレベル減少量と時間から算出した流量や、別の信頼性の高い流量計の指示値と比較して、指示値に大きな乖離がないか確認します。これはあくまで簡易的な確認であり、厳密な校正の代わりにはなりません。
- 容積法(簡易): 小規模な流量であれば、既知の容量の容器に一定時間流し込み、その時間と容量から流量を算出し、流量計の指示値と比較する方法もあります。
4. 校正の実施
本格的な校正は、NISTやISOなどの国家・国際標準にトレーサビリティを持つ基準器を用いて行われる必要があります。
- メーカー校正: 流量計メーカーに依頼して校正を行ってもらう方法です。最も確実であり、メーカー固有の診断や調整も期待できます。
- 第三者校正機関: 認定を受けた第三者の校正機関に依頼する方法です。特定の種類の流量計や、複数のメーカーの流量計をまとめて校正する場合に便利です。
- 自社内校正: 高度な設備と技術力、そしてトレーサビリティの取れた基準器があれば、自社内で校正を実施することも可能です。しかし、設備投資や維持管理にコストがかかります。
校正実施後は、校正証明書と校正結果レポートを必ず取得し、流量計の管理台帳に記録します。校正結果から、必要に応じてオフセットやスパンの補正値を変換器に設定します。
耐久性を高めるための対策
流量計の寿命を延ばし、精度を維持するためには、日頃からの適切な対策が重要です。
- 適切な選定: 設置場所の環境(温度、湿度、振動、腐食性雰囲気)、流れる媒体の特性(温度、圧力、粘度、密度、腐食性、固形物の有無)、そして必要な流量範囲と精度に応じて、最適な原理と仕様の流量計を選定することが最初のステップです。過酷な条件には、それに対応できる構造や材質の製品を選びます。
- 適切な設置: メーカーの指示する設置条件(直管長、設置姿勢、周囲環境)を厳守します。振動が激しい場所では防振対策を施します。
- 媒体の前処理: 媒体中に異物や気泡が多い場合は、流量計の前段にストレーナーや脱気装置などを設置し、媒体を浄化することを検討します。
- 定期的な清掃: 媒体の性質に応じて、計測部が汚れやすい場合は、システム停止時に分解清掃が可能な構造の流量計を選定したり、定期的なフラッシング配管を設けておくことが有効です。
- バイパス配管: 重要なラインに設置された流量計の場合、メンテナンスや校正のためにシステムを停止させる時間を短縮するため、バイパス配管と izolating バルブを設置しておくことが推奨されます。
- 異常発生時の早期対応: わずかな指示値の異常や異音、振動に気づいた時点で原因調査を行い、早期に是正措置を講じます。放置すると、状態が悪化し、修理不能になったり、システム全体のトラブルにつながったりする可能性があります。
まとめ
流量計はプラントの根幹をなす計測器であり、その精度と信頼性を維持することは設備メンテナンス技師の重要な責務です。日々の点検、異常発生時の迅速なトラブルシューティング、そして計画的な校正管理を通じて、流量計の性能を最大限に引き出し、設備の安定稼働と高品質な生産に貢献することが求められます。本記事で解説した点検・診断方法や対策が、現場での流量計メンテナンスの一助となれば幸いです。