油圧ポンプの現場診断:異音、振動、温度、吐出量異常の原因特定と対策
はじめに
設備メンテナンスにおいて、油圧システムはその動力源として極めて重要な役割を担っています。そして、その中核をなすのが油圧ポンプです。油圧ポンプの健全性はシステム全体のパフォーマンスと信頼性に直結しており、その早期の劣化診断と適切なメンテナンスは、予期せぬダウンタイムを防ぎ、設備の長寿命化に不可欠です。
現場のメンテナンス技師として、日常業務の中で油圧ポンプの異常に気づき、その原因を迅速に特定し、適切な一次対応や修理判断を行う能力は非常に価値があります。本稿では、油圧ポンプに発生しやすい異常兆候である異音、振動、温度上昇、吐出量・油圧の異常に焦点を当て、それぞれの原因特定方法と、現場で実施可能な診断・対策について解説します。
油圧ポンプの主な異常兆候と診断ポイント
油圧ポンプの劣化や不調は、多くの場合、特定の物理的な兆候として現れます。これらの兆候を早期に捉え、その性質を分析することが診断の第一歩となります。
1. 異音
油圧ポンプからの異常な音は、内部で何らかの問題が発生している強いサインです。音の種類によって原因が推測可能です。
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診断のポイント:
- 音の種類: ガラガラ、シュー、キンキン、ゴーといった具体的な音色。
- 音の発生タイミング: 起動時、定常運転時、特定の負荷がかかった時。
- 音の変化: 時間経過や運転条件による音の大小、性質の変化。
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考えられる原因:
- キャビテーション: 作動油中に気泡が発生し、ポンプ内で破裂する際に発生する音(シュー音、ザラザラ音)。吸込側の抵抗増加、作動油粘度不適正、油面低下などが原因。
- エア混入: 作動油中に空気が混入している状態。ポンプ内で圧縮・膨張を繰り返し、断続的な音や全体的な騒音増加を引き起こす。吸込配管からのエア吸い込み、シール不良などが原因。
- 軸受(ベアリング)の摩耗・損傷: ガラガラ、ゴロゴロといった持続的な音。摩耗が進むと振動も増加する。
- 内部部品の干渉・摩耗: キンキン、カタカタといった金属音。ポンプ内部の羽根、ギア、ピストンなどがケーシングや他の部品に接触している可能性。作動油中の異物混入も原因となりうる。
- カップリングの芯ズレ: モーターとポンプを繋ぐカップリングの芯ズレは、ポンプ単体だけでなくモーター側からも異常音や振動を発生させる。
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現場での確認: 聴診器(工業用)を使用すると、特定の箇所からの異音を分離しやすくなります。吸込側と吐出側、ポンプ本体各部、モーター側と比較して音源を絞り込みます。作動油レベルやストレーナーの詰まりを目視確認することも重要です。
2. 振動
異常な振動は、ポンプやその周辺機器の機械的な問題を示唆します。
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診断のポイント:
- 振動の方向: 軸方向、半径方向。
- 振動の周波数: ポンプ回転数に関連する周波数、それ以外の高周波・低周波。
- 振動の大きさ: 振動計による定量的な評価、あるいは触診による経験的な評価。
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考えられる原因:
- 軸芯ズレ: モーターとポンプ軸の芯ズレは、最も一般的な振動原因の一つです。カップリングに過大な負荷がかかり、ポンプやモーターの軸受寿命を著しく低下させます。
- アンバランス: 回転部分(ローターなど)の重量バランスが崩れている状態。
- 軸受の摩耗・損傷: 摩耗が進むと、異音と共に振動も増加します。
- 基礎ボルトの緩み: ポンプが設置されている基礎のボルト緩みや、配管サポートの不良も振動の原因となります。
- 油圧脈動: ポンプの吐出流量や圧力が周期的に変動することで発生するシステム全体の振動。ポンプ自体の設計や、アキュムレーター等の油圧機器の不調が影響することもあります。
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現場での確認: ポンプ本体、モーター、配管、基礎ボルトなど、関連する各部に触れて振動の性質を確認します。可能であれば振動計を用いて、振動の大きさと周波数を測定することで、より客観的な診断が可能です。カップリングの状態も確認し、ずれや損傷がないか点検します。
3. 温度上昇
油圧ポンプ本体や作動油の異常な温度上昇は、システム効率の低下や部品の過負荷を示します。
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診断のポイント:
- 温度: ポンプケーシング表面温度、作動油温度(タンク内、ポンプ入口/出口付近)。
- 温度上昇の速度・高さ: 通常運転時の温度と比較してどれだけ高いか、短時間で温度が急上昇するか。
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考えられる原因:
- 内部リーク: ポンプ内部での作動油の漏れ(クリアランスからの逆流など)は、油を絞り弁を通過させるのと同じ効果を持ち、熱を発生させます。摩耗によるクリアランス増大が主な原因です。
- 作動油粘度不適正: 高すぎる粘度は抵抗増大による発熱を、低すぎる粘度は内部リーク増加による発熱を引き起こします。
- フィルター詰まり: 吸込側ストレーナーやリターンフィルターの詰まりは、ポンプに負荷をかけたり、油の流れを阻害したりして温度上昇を招きます。
- 冷却能力不足: オイルクーラーの汚れや故障、クーラーの選定ミスなどにより、作動油の放熱が追いつかない場合。
- 軸受や内部摺動部の摩耗: 摩擦熱の発生が増加します。
- 設定圧力超過での運転: リリーフ弁が開弁した状態での長時間運転は、油圧エネルギーを熱に変換するため、作動油温度を急上昇させます。
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現場での確認: 非接触式温度計(放射温度計)等を用いて、ポンプケーシングや配管表面温度を測定します。作動油タンク内の温度計も確認します。フィルターの差圧計(設置されている場合)も重要な情報源です。
4. 吐出量低下・油圧不安定
ポンプ本来の性能が発揮できていない、あるいは安定しない状態です。
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診断のポイント:
- サイクルタイムの遅延: 油圧シリンダーの伸長・収縮速度が遅くなるなど、アクチュエーターの動作速度。
- 設定油圧への到達時間: 最高設定油圧に到達するまでに時間がかかる、あるいは到達しない。
- 油圧の変動: 運転中に油圧が不安定に変動する。
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考えられる原因:
- 内部リーク: ポンプ内部での作動油漏れが増加し、本来吐出されるべき油の一部が吸込側に戻ってしまう。ポンプの摩耗の典型的な兆候です。
- 吸込側の問題: ストレーナーの詰まり、吸込配管からのエア吸い込み、吸込側バルブの閉止忘れや部分閉止、油面低下。これらはポンプへの作動油供給を阻害し、吐出量低下やキャビテーションを招きます。
- リリーフ弁の不調: リリーフ弁の固着や設定ミスにより、規定圧よりも低い圧力で開弁してしまう。
- 作動油粘度不適正: 粘度が低すぎると内部リークが増加します。
- ポンプ自体の損傷: 羽根、ギア、ピストン、カムプレートなどの直接的な損傷。
- エア混入: 作動油中に空気が含まれていると、油圧が不安定になります。
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現場での確認: システムに設置されている流量計や圧力計を監視します。サイクルタイムの測定は、吐出量低下の最も分かりやすい指標の一つです。作動油レベル、ストレーナーの状態、吸込配管の接続部も確認します。
現場で実施可能な診断と一次対応
これらの異常兆候を発見した場合、現場で可能な範囲での診断と一次対応を行います。
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五感を活用した簡易診断:
- 視覚: 作動油レベル、作動油の色・透明度、配管からの油漏れ、ポンプ外部の損傷や汚れ、基礎ボルトの緩み。
- 聴覚: ポンプやモーターからの異常音の種類、発生箇所。
- 触覚: ポンプケーシング、モーター、配管の異常な振動や温度上昇。
- 嗅覚: 作動油の異常な臭い(焦げ臭いなど)。
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作動油とフィルターの点検・交換:
- 作動油の状態(色、混入物、臭い)を確認し、汚れている場合はメーカー指定の油に交換します。作動油の酸化や劣化はポンプ寿命に直結します。
- 吸込側ストレーナーやリターンフィルターを目視点検し、詰まりや損傷があれば清掃または交換します。フィルターの詰まりはポンプにとって致命的な負荷となり得ます。
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エア抜きの実施:
- エア混入が疑われる場合、ポンプやシステム各部のエア抜き弁からエアを排出します。
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吸込側配管の点検:
- 吸込配管の接続部からのエア吸い込みがないか、目視や石鹸水などで確認します。配管やホースの変形、損傷がないかも点検します。吸込側のバルブが完全に開いているかも再確認します。
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基礎ボルトの確認:
- ポンプやモーターの基礎ボルトが緩んでいないか確認し、必要に応じて増し締めします。ただし、過剰な締め付けはケーシング変形を招くリスクがあるため、トルク管理が推奨されます。
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カップリングの点検:
- 安全が確保できる状況下で、カップリングの状態を目視点検します。芯ズレが疑われる場合は、専門的な芯出し作業が必要です。
より詳細な診断と修理判断
現場での簡易診断で原因が特定できない場合、あるいはポンプ本体の深刻な内部問題が疑われる場合は、より詳細な診断や専門業者、メーカーへの依頼が必要となります。
- 作動油の精密分析: 専門機関に依頼し、作動油中の摩耗粉、水分、酸化度などを分析することで、ポンプ内部の摩耗状態や作動油の劣化度を詳細に把握できます。
- 精密計測: 振動計による詳細な周波数分析、圧力計・流量計を用いた性能試験。
- ポンプの分解点検: ポンプをシステムから取り外し、分解して内部部品(軸受、ギア、ピストン、シュー、カムプレート、シールなど)の摩耗や損傷状態を目視確認します。これは専門的な知識と技術、専用工具が必要です。
- メーカーや専門業者への相談: 診断の結果、内部の深刻な摩耗や損傷が疑われる場合、あるいは自社での修理が困難な構造のポンプである場合は、メーカーのサービス部門や油圧機器専門の修理業者に相談するのが最も確実です。修理費用と新規購入費を比較検討し、経済的で信頼性の高い方法を選択します。
予防保全の視点
異常が発生してから対応する事後保全だけでなく、日常的な予防保全がポンプの長寿命化には不可欠です。
- 定期的な作動油交換と系統洗浄: メーカー推奨の交換周期を守り、作動油を交換すると同時に油圧系統の洗浄を行うことで、内部の汚れやスラッジを除去し、ポンプの摩耗を防ぎます。
- フィルターの定期交換: 定期的にフィルターを交換し、常にクリーンな作動油を供給することが重要です。差圧計を監視し、交換時期を判断します。
- 適切な作動油の選定: ポンプの種類、システムの使用条件(温度、圧力、環境)に適した粘度グレード、添加剤を含む高品質な作動油を選定します。
- 運転条件の管理: ポンプに過大な負荷がかからないよう、システム圧力を適切に管理し、急激な圧力変動や温度上昇を避ける運用を心がけます。
まとめ
油圧ポンプは油圧システムの心臓部であり、その安定した稼働は設備全体の信頼性を左右します。異音、振動、温度上昇、吐出量・油圧異常といった兆候を見逃さず、その原因を現場で可能な範囲で正確に診断することは、メンテナンス技師にとって重要なスキルです。
本稿で解説した診断ポイントと確認方法を活用し、日々の点検業務に役立てていただければ幸いです。早期発見と適切な対応により、油圧ポンプ、ひいては設備全体の寿命を最大限に延ばし、安定稼働に貢献できると確信しております。深刻な問題が疑われる場合は、無理な自己修理を試みるのではなく、専門知識を持つ外部リソースを適切に活用する判断もまた、プロフェッショナルなメンテナンスの一環であることを忘れてはなりません。