油圧システム作動油の劣化診断、適切な管理、交換手順:システム信頼性維持のために
はじめに
油圧システムは、産業機械の動力伝達において極めて重要な役割を担っています。そして、その性能と信頼性を根幹で支えているのが作動油です。作動油は単なる油圧媒体としてだけでなく、潤滑、冷却、清浄、防錆といった多岐にわたる機能を果たしています。作動油が健全な状態を維持できなければ、システムの効率低下、部品の異常摩耗、最悪の場合はシステム全体の故障につながる可能性があります。
特に、設備の稼働率を高く維持する必要がある現場においては、作動油の状態を正確に診断し、適切な管理と timely な交換を行うことが、突発的なトラブルを防ぎ、システムの寿命を最大限に延ばすために不可欠です。このガイドでは、設備メンテナンス技師の皆様が現場で直面する可能性のある課題に対し、実践的な作動油の劣化診断、管理方法、そして交換手順について専門的な視点から解説します。
作動油の基本的な役割と劣化のメカニズム
作動油は、油圧ポンプによって圧力を加えられ、その圧力エネルギーをアクチュエータ(シリンダーやモーター)に伝える主要な媒体です。この基本的な役割に加え、以下の重要な機能を持っています。
- 潤滑: ポンプ、バルブ、シリンダー内部の摺動部の摩耗を低減します。
- 冷却: システム内で発生した熱を吸収し、外部へ放出することで温度上昇を抑制します。
- 清浄: システム内部で発生したスラッジや異物を分散またはフィルターへ運び、システムを清浄に保ちます。
- 防錆・防食: 金属表面に保護膜を形成し、錆や腐食の発生を防ぎます。
作動油は使用に伴い、様々な要因で劣化が進行します。主な劣化メカニズムには以下があります。
- 酸化: 油温上昇、金属との接触、空気との接触により、油分子が酸素と結合し、酸性物質やスラッジ、ワニスを生成します。これにより、油の粘度変化、フィルター詰まり、バルブの固着などを引き起こします。
- 熱分解: 高温環境下で油分子が分解され、炭化水素ガスや固体物質を生成します。
- 水分混入: シール不良、吸湿、冷却水漏れなどにより水分が混入すると、酸化を促進し、金属の錆発生、油の乳化を引き起こします。また、水分がバルブやポンプ内部で気化するとキャビテーションの原因にもなります。
- 異物混入: 外部からのダスト、摩耗粉、組み立て時の残留物などが混入し、油の汚染度を上昇させます。これは、油圧部品の摩耗を直接的に促進する主要因となります。
- 添加剤の消耗: 作動油に含まれる各種添加剤(酸化防止剤、摩耗防止剤、清浄分散剤、消泡剤など)が、その機能を果たす過程で消耗します。添加剤の有効性が失われると、油の劣化や部品の摩耗が進行しやすくなります。
現場での作動油劣化診断方法
設備の稼働状態を維持するためには、定期的な作動油の状態診断が不可欠です。現場で実施可能な診断方法と、より詳細な情報を提供するラボ分析について説明します。
1. 目視点検と臭い確認
最も基本的かつ迅速な診断方法です。
- 色: 新品の作動油は通常、淡黄色や透明に近い色をしています。酸化が進むと色が濃くなり、褐色や黒っぽくなります。乳化している場合は白濁します。
- 透明度: 透明度が失われ、濁っている場合は、水分や固体粒子が混入している可能性が高いです。
- 沈殿物: タンク底部やフィルターにスラッジ、ワニス、固体粒子が付着していないか確認します。これらは油の劣化や部品の摩耗を示す兆候です。
- 臭い: 酸化劣化した油は酸っぱい、あるいは焦げたような不快な臭いを発することがあります。
2. 簡易テスターによる診断
現場で手軽に作動油の状態を把握するためのツールです。
- 水分計: 油中の水分含有量を簡易的に測定できます。ppmオーダーで測定可能なものもあります。
- 汚染度テスター: 油中の固体粒子数を測定し、ISO 4406などの汚染度クラスを簡易的に表示します。ただし、正確な粒子カウントや種類の特定にはラボ分析が必要です。
- 酸価テスター: 油の酸化度合いを示す酸価を簡易的に測定できます。油中の酸性物質が増加すると、酸価が上昇します。
3. サンプリングとラボ分析の重要性
現場での簡易診断は初期的な状態把握に役立ちますが、作動油の正確な状態、劣化の程度、根本的な原因を特定するためには、定期的なサンプリングを行い、専門のラボで詳細な分析を実施することが最も信頼性の高い方法です。
ラボ分析で確認すべき主要項目:
- 粘度: 作動油の最も重要な特性の一つです。酸化や熱分解で粘度が上昇したり、燃料やクーラント混入で粘度が低下したりします。規定の温度(例:40℃)での動粘度を測定し、初期値からの変化率を確認します。
- 汚染度クラス (ISO 4406など): 油中に含まれる固体粒子のサイズ別の個数を測定し、清浄度クラスを判定します。ポンプやバルブの摩耗を予測する上で非常に重要な指標です。
- 水分含有量: 油中の水分量を正確に測定します。カールフィッシャー法などが用いられます。水分は酸化促進、潤滑性低下、錆発生の原因となります。
- 酸価 (AN: Acid Number): 油中に含まれる酸性物質の量を測定します。酸化の進行度合いを示す主要な指標です。
- 添加剤元素分析: 油に含まれる添加剤(亜鉛、リン、硫黄など)の濃度を測定し、添加剤の消耗度合いを把握します。
- 摩耗金属元素分析: 鉄、銅、クロム、アルミニウム、鉛などの金属元素濃度を測定し、油圧コンポーネント(ポンプ、バルブ、シリンダー、軸受など)の摩耗状態を診断します。
- シリコン元素分析: シール材の劣化や外部からのダスト混入を示唆します。
サンプリングのポイント:
- 代表性: システム全体の油の状態を反映するサンプルを採取することが重要です。稼働中の循環ラインから、油温が安定した状態で採取するのが一般的です。タンクからの採取は底部に沈殿したスラッジなどを拾いやすく、代表性に欠ける場合があります。
- 清浄度: サンプル採取用の容器やツールが汚染されていないことを確認します。専用のサンプリングキットを使用することを推奨します。
- 記録: 採取日時、採取箇所、システム運転時間(または油交換からの時間)、補給歴などを正確に記録し、分析結果と併せて管理します。
ラボ分析の結果に基づき、油の交換時期、フィルター交換の必要性、あるいはシステム内部の異常摩耗箇所などを特定します。多くの作動油メーカーやサプライヤーは、油種ごとに推奨される交換基準(粘度変化率、酸価の上昇値、汚染度クラスの限界値など)を設定しています。これらを参考に、設備の重要度や運転条件を考慮して判断します。
適切な作動油管理の実践
作動油の寿命を延ばし、油圧システムの信頼性を維持するためには、日々の適切な管理が不可欠です。
- 定期的な点検: 目視点検、臭い確認、簡易テスターによる測定を日常的または定期的に実施します。
- フィルター管理: 油中の異物を除去するフィルターは、作動油の清浄度維持に最も重要な役割を果たします。差圧計などで詰まり具合を監視し、メーカー推奨または油の汚染度診断に基づき、 timely にエレメントを交換します。より高性能なフィルター(例:サブミクロンフィルター)の使用も検討します。
- 水分混入対策:
- 油圧タンクのブリーザーには吸湿機能付きのものを採用し、外気からの水分吸湿を防ぎます。
- システムや配管からのリーク箇所を早期に発見し、補修します。特に冷却水を使用する熱交換器からの漏洩は注意が必要です。
- 油の保管は、蓋をしっかり閉め、温度変化の少ない屋内で、ドラム缶を横倒しにするなど、空気との接触面を最小限にする方法で行います。
- 適正油温管理: 高油温は油の酸化を加速させます。冷却器が正常に機能しているか、油量が適正かを点検し、システムが設計された温度範囲内で運転されるように管理します。
- 異種オイルの混合防止: 異なる種類の作動油や、他の種類の油(エンジン油、ギア油など)を混合すると、添加剤の失活、スラッジ発生、性能低下など、油に予測不能な変化を引き起こす可能性があります。補給や交換時には、必ずシステムに指定された油種を使用します。
- リーク対策: 油圧システムの外部リークは、油量減少によるキャビテーションや、油圧低下の原因となるだけでなく、外部からの汚染物質の混入経路にもなります。内部リークは効率低下と発熱の原因となります。リーク箇所を早期に発見し、適切に補修します。
- 清浄な補給: 作動油をシステムに補給する際は、油自体が既に規定の清浄度を満たしているか確認し、注油ポートや補給ポンプ・ホースが清浄であることを徹底します。ドラム缶から直接注油するのではなく、フィルターを通しながら補給することが理想的です。
作動油の交換手順
作動油の交換は、システムの性能回復と寿命延長に直接的に寄与する重要なメンテナンス作業です。安全かつ確実な交換手順を以下に示します。
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安全確保:
- システムを停止し、電源を遮断します。
- アキュムレータがある場合は、必ず残留圧力を解放します。
- 作動油が高温になっている場合は、火傷防止のため、安全な温度(通常40℃以下)まで冷却されるのを待ちます。
- 必要な保護具(手袋、安全メガネなど)を着用します。
- 作業エリア周辺に油漏れ対策として吸着マットなどを敷きます。
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作動油の排出:
- 油圧タンクのドレンプラグを開放し、作動油を排出します。タンク底部にスラッジが溜まっている可能性があるため、可能な限り完全に排出します。
- 配管やシリンダー内部に残った油も排出するため、必要に応じてシステムを低圧で短時間作動させる、または各部のブリードバルブを開放するなどの処置を行います。ただし、この作業はシステム構成を十分に理解した上で、安全に配慮して実施する必要があります。
- 排出された廃油は、適切に処理します。
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システム内部の清掃(必要に応じて):
- 油の劣化が激しい場合や、多量のスラッジ・ワニスが確認された場合は、システム内部の洗浄が必要になることがあります。
- タンク内部の清掃は、アクセス可能な範囲でスラッジや異物を除去します。
- 配管内部の洗浄には、専用の洗浄油を使用するか、フラッシングと呼ばれる手法を用いる場合があります。これは専門的な知識と設備が必要となるため、状況に応じて検討します。
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フィルターエレメントの交換:
- システム内の全てのフィルター(サクションフィルター、リターンフィルター、プレッシャーフィルターなど)のエレメントを新品に交換します。古いエレメントの状態は、システム内部の汚染度や摩耗状態を診断する上で貴重な情報となります。
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新規作動油の充填:
- 排出量を確認し、規定量の新しい作動油を充填します。
- 充填する油種が、システムの要求仕様(粘度、性能規格など)と一致していることを確認します。
- 充填時には、前述の通りフィルターを通しながら行うことが理想的です。
- 油量計を確認し、適正な油量になっていることを確認します。
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エア抜き:
- 作動油を充填すると、システム内部にエアが混入します。エアが残存すると、異音、振動、応答性の低下、キャビテーションによる部品損傷の原因となります。
- ポンプを低速で運転開始し、システムをゆっくりと作動させながら、各所のブリードバルブやエア抜き機構を利用してエアを排出します。シリンダーの場合は、全ストロークを数回往復させるなどの方法で行います。
- 油圧タンクの油面を観察し、気泡の発生が収まるまで繰り返します。
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試運転と最終確認:
- システムを通常運転に戻し、異音、振動、油漏れがないか、また各アクチュエータがスムーズに動作するかを確認します。
- 油圧計で規定圧力が得られているかを確認します。
- 油温が安定した後、油量計で最終的な油量を確認し、必要に応じて微調整します。
まとめ
油圧システムの作動油管理は、設備の安定稼働と長寿命化のための基盤となるメンテナンス活動です。作動油の劣化メカニズムを理解し、目視点検、簡易テスター、そして最も重要なラボ分析を組み合わせることで、油の状態を正確に診断できます。その診断結果に基づき、定期的なフィルター交換、水分・温度管理、異種オイル混合防止、リーク対策といった適切な管理を行うことで、作動油の性能を維持し、交換周期を最適化することが可能です。
作動油の交換作業においては、安全を最優先し、規定の手順に従って確実に行うことが、システム内部の清浄度を保ち、エア噛みを防ぐ上で重要です。これらの専門的な知識と実践的なスキルを組み合わせることで、設備メンテナンス技師として、担当する油圧システムの信頼性と効率を高いレベルで維持できると考えられます。継続的な作動油管理への取り組みが、予期せぬトラブルを減らし、計画的な設備保全に繋がります。