産業用遠心ポンプにおけるメカニカルシールの劣化診断と交換手順、適切な選定
遠心ポンプのメカニカルシール管理の重要性
産業現場において、遠心ポンプは多様な流体を搬送する基幹設備の一つです。その安定した運転を支える重要な部品がメカニカルシールです。メカニカルシールは、回転するポンプ軸と固定されたケーシングの間からの流体漏洩を防ぐ役割を担います。グランドパッキンと比較して漏洩量が極めて少なく、メンテナンス頻度も低減できる利点がありますが、一度不具合が発生すると、設備の稼働停止や環境汚染につながる可能性があります。
設備メンテナンス技師にとって、メカニカルシールの劣化を早期に診断し、適切な手順で交換する技術、そして将来的なトラブルを防ぐために使用条件に合致したシールを選定する知識は不可欠です。ここでは、メカニカルシールの管理における実践的なポイントを詳細に解説します。
メカニカルシールの劣化診断
メカニカルシールの劣化は、目視による観察、音、熱、振動などの物理的なサインとして現れることが一般的です。これらのサインを見逃さずに早期に対策を講じることが、ポンプの長寿命化と予期せぬ停止の防止につながります。
目視による診断
最も一般的な劣化サインは、シール部からの流体漏洩です。許容範囲を超える漏洩(メーカー指定の漏洩量基準や、経験的な判断に基づく)は、シールの異常を示しています。漏洩した液体が付着した跡や、結晶化、固形物の堆積も確認すべき点です。また、シール面の摩耗によって生じる粉塵(特にカーボン系のシール材の場合)も劣化のサインとなり得ます。
物理的なサインによる診断
- 発熱: シール面間の摩擦が増加すると、シールケーシング部やポンプ軸の温度が上昇します。触診や非接触式温度計を用いて、周囲温度やポンプの運転状態から想定される温度と比較し、異常な発熱がないか確認します。潤滑不足やシール面の異常な接触が原因の場合があります。
- 異音: 正常なシールは、運転中に特異な音を発することは少ないです。異音(擦過音、きしみ音など)が発生している場合、シール面間の潤着や異物噛み込み、スプリングの損傷などが考えられます。
- 振動: シールの不具合がポンプ軸の振動を増加させることがあります。軸受の状態も振動に影響しますが、シール部に起因する特有の振動モードがないか確認します。シール面の摩耗が進行し、バランスが崩れた場合や、軸のフレがシールに負担をかけている場合に発生し得ます。
運転データによる診断
ポンプの吐出圧力、流量、消費電力などの運転データを継続的に監視することも、間接的な診断に役立ちます。シールに起因する軸のフレや抵抗増加は、ポンプ効率の低下や消費電力の増加として現れる場合があります。
メカニカルシール交換の基本手順と注意点
メカニカルシールの交換は、ポンプを分解して行う作業であり、正確な手順と細心の注意が求められます。メーカーのマニュアルを基本としますが、ここでは一般的な手順と現場での経験に基づく注意点を挙げます。
交換作業前の準備
- ポンプの停止と隔離: ポンプを完全に停止させ、電源を遮断し、誤操作による起動を防ぐための措置(ロックアウト/タグアウトなど)を講じます。
- 流体の排出と洗浄: ポンプ内部および配管に残存する流体を完全に排出します。危険物や腐食性流体の場合は、適切な洗浄・中和作業を行い、作業者の安全を確保します。
- 周辺の養生: 漏洩や清掃作業による周辺への影響を防ぐため、養生を行います。
- 必要工具と部品の準備: ポンプの分解に必要な工具、新しいメカニカルシール、ガスケット、Oリング、潤滑剤、清掃用具などを準備します。メーカー純正部品の使用を原則とします。
ポンプの分解と旧シールの取り外し
- ポンプと配管の切り離し: ポンプケーシングやモーターなどを固定しているボルトを取り外し、ポンプを配管から切り離します。
- ポンプの分解: ケーシングカバー、インペラナット、インペラ、バックプレートなどを順に取り外します。分解手順はポンプの構造により異なります。
- 旧メカニカルシールの取り外し: 劣化したメカニカルシールを取り外します。セットスクリューで軸に固定されているタイプや、ハウジングに圧入されているタイプなどがあります。無理な力を加えずに慎重に取り外します。
軸とハウジングの点検・清掃
メカニカルシールが取り付けられる軸表面とハウジング内面は、シールの性能に直接影響するため、入念な点検と清掃が必要です。
- 軸の点検: 軸表面に傷、腐食、摩耗、フレがないか確認します。特にシールが摺動する部分や二次シールが接触する部分の表面状態が重要です。必要に応じて研磨や補修を行います。軸のフレが大きい場合は、軸受の摩耗なども原因として考えられるため、軸受の点検も行います。
- ハウジングの点検: シールが収まるハウジング内面に腐食や異物がないか確認します。
- 清掃: 軸、ハウジング、および再使用する可能性のある部品(インペラなど)に付着した異物、スケール、旧シールの残渣を完全に除去します。洗浄剤を使用する場合は、シール材やOリング材に影響しないものを選定します。
新メカニカルシールの取り付け
- 部品の確認: 新しいメカニカルシールの部品が全て揃っているか、破損がないか確認します。
- 潤滑: シールの種類に応じて、摺動面や二次シール部分に指定された潤滑剤(通常はクリーンなポンプ移送液または指定されたグリス/液体)を薄く塗布します。過剰な塗布は異物付着の原因となるため避けます。
- 取り付け: メーカーの指示に従い、慎重にポンプ軸にシールを取り付けます。特に回転環や固定環の摺動面に傷をつけないよう注意します。二次シール(Oリング、Vリングなど)のねじれや損傷がないように組み込みます。スプリングが圧縮されるタイプの場合は、指定されたセット長さになるように位置を調整し、固定します。カートリッジタイプの場合は、ポンピングリング(スペーサー)を取り付けたまま軸にセットし、ポンプ組み付け後にリングを取り外します。
- セットスクリューの締め付け: 軸に固定するタイプのシールの場合、セットスクリューを対角線上に均等に締め付けます。締め付けトルクが指定されている場合は従います。
ポンプの再組み付けと試運転
- ポンプの組み付け: 分解と逆の手順でポンプを再組み付けます。ガスケットやOリングは原則として新品に交換します。ボルト類は指定されたトルクで均等に締め付けます。
- 配管の接続: ポンプを配管に接続します。
- 試運転準備: ポンプ内に流体を充填し、エア抜きを行います。
- 試運転: 短時間運転から開始し、シール部からの漏洩、発熱、異音、振動がないか確認します。問題がなければ定格運転に移行し、引き続きこれらの項目を監視します。初期運転で微量の漏洩が見られることがありますが、しばらく運転することで安定することがあります。異常な漏洩が続く場合は、再度点検が必要です。
メカニカルシールの主要な漏れ原因とトラブルシューティング
メカニカルシールの不具合、特に漏洩の主な原因は多岐にわたります。現場でのトラブルシューティングでは、これらの原因を切り分けることが重要です。
主要な漏れ原因
- シール面の摩耗・損傷: 最も一般的な原因です。異物(スラッジ、結晶、スケールなど)の噛み込み、ドライ運転、不適切な潤滑、過度な運転条件(圧力、温度、速度)などが原因で、シール面が摩耗したり傷ついたりします。
- 二次シールの劣化・損傷: OリングやVリングなどの二次シールが、流体による化学的劣化、熱劣化、取り付け時の損傷、またはハウジングや軸の表面状態不良によって機能しなくなることがあります。
- 取り付け不良: 交換作業時のミス(シール面の傷つき、二次シールのねじれ/挟み込み、締め付け不足/過剰、スプリングセット長さの不適切)が原因で、初期段階または短期間で漏洩が発生します。
- ポンプの運転条件の異常:
- キャビテーション: ポンプ内でキャビテーションが発生すると、ポンプ軸に振動や衝撃が伝わり、シール面にダメージを与えます。
- 軸のフレ(軸振れ): 軸受の摩耗や損傷、不適切なアライメント、配管からの応力などで軸のフレが大きくなると、シール面に常に大きな負担がかかり、早期の摩耗や二次シールの機能不全を引き起こします。
- 圧力・温度の変動: 設計範囲を超える急激な圧力や温度の変動は、シール材の熱膨張・収縮差による歪みや、流体の相変化(蒸発/固化)を引き起こし、シール性能を損なうことがあります。
- ドライ運転/部分的な液相の喪失: シール面間の潤滑が失われると、摩擦熱でシール面が焼損し、致命的な損傷に至ります。
- 流体の特性: 移送する流体そのものが、シール材に対して腐食性、摩耗性、結晶化しやすい、粘度が高いなどの特性を持つ場合、シール寿命が短くなる要因となります。
現場でのトラブルシューティングのポイント
漏洩が発生した場合、以下の点を順に確認し、原因を特定します。
- 漏洩の状況確認: 漏洩箇所、漏洩量、漏洩している流体の状態(液体、蒸気、固形物混じりなど)、漏洩の発生時期(運転開始時、定常運転時、停止時)を観察します。
- 運転条件の確認: 異常発生時のポンプ運転データ(圧力、流量、温度、回転数)を確認し、設計範囲内であるか、異常な変動がないか確認します。特にキャビテーションの兆候(騒音、振動)がないか確認します。
- ポンプの状態確認: ポンプ本体、軸受、アライメントの状態に異常がないか確認します。軸のフレや振動が大きい場合は、軸受やアライメントに原因がある可能性があります。
- 過去の履歴確認: 過去のメンテナンス記録を確認し、前回のシール交換時期、使用したシールの種類、過去に発生したトラブルなどを参照します。
- 分解点検(原因特定が困難な場合): 上記で原因が特定できない場合、ポンプを分解してメカニカルシールを取り外し、シール面、二次シール、スプリングなどに損傷や異物付着がないか詳細に点検します。軸やハウジングの表面状態も再度確認します。
多くの場合、漏洩はシール面の摩耗や損傷、または取り付け不良が原因ですが、ポンプ本体や運転条件に根本的な問題がある場合も少なくありません。表面的なシール交換だけでなく、根本原因を取り除くことが再発防止につながります。
使用条件に応じた適切なメカニカルシールの選定
メカニカルシールの性能と寿命は、ポンプの使用条件(移送流体の種類、温度、圧力、回転速度)とポンプの構造に大きく依存します。適切なメカニカルシールを選定することは、トラブルを未然に防ぐ上で極めて重要です。
選定の主要因
- 移送流体: 流体の化学的性質(腐食性、溶解性)、物理的性質(粘度、固形物の有無、結晶化傾向、蒸気圧)、温度は、シール材(固定環材、回転環材、二次シール材)、スプリング材、金属部品材の選定に最も重要な要素です。流体に対して耐性のある材料を選択する必要があります。
- 圧力: シール面にかかる圧力は、シール面の接触圧力を決定し、発熱や摩耗に影響します。高圧用途には、圧力バランス構造を持つメカニカルシールなどが適しています。
- 温度: 流体温度は、シール材の耐熱性だけでなく、流体の蒸気圧にも影響します。高温流体や熱的に不安定な流体の場合は、冷却機構(APIプランなど)を備えたシールシステムが必要になることがあります。
- 回転速度: 軸の回転速度は、シール面の摺動速度に直結し、摩擦熱の発生量に大きく影響します。高速回転用途には、熱拡散性の良いシール材や、シール面の潤滑を促進する設計が必要です。
- 固形物の有無: 固形物を含む流体の場合は、固形物がシール面に噛み込むことによる摩耗や損傷のリスクが高まります。固形物に対応した設計(例えば、スプリングが流体と接触しない構造、フラッシング機構)のシールを選択する必要があります。
- 設置環境: ポンプが設置される環境(雰囲気温度、腐食性ガス、振動など)も考慮に入れる必要があります。
シールの種類と構造
メカニカルシールには、様々なタイプと構造があります。シングルシール、ダブルシール、カートリッジシール、コンポーネントシールなどです。危険な流体や非常に重要な用途には、バックアップ機能を持つダブルシールシステムが採用されることが多いです。カートリッジシールは、組み立て済みユニットとして提供され、現場での取り付けミスを減らせる利点があります。
メーカーへの相談
適切なメカニカルシールを選定する際には、ポンプメーカーまたはシールメーカーに詳細な運転条件とポンプ仕様を提示し、推奨を受けることが最も確実です。専門メーカーは、豊富な経験とデータに基づき、最適な材料と構造のシールを選定してくれます。
まとめ
遠心ポンプのメカニカルシールは、信頼性の高いポンプ運転に不可欠な部品です。日常的な監視による劣化の早期診断、メーカーの指示に基づいた正確な交換手順の実施、そして使用条件に適したシールの選定は、設備メンテナンス技師の重要な役割です。メカニカルシールのトラブルシューティングにおいては、シール自体の問題だけでなく、ポンプ本体や運転条件に起因する根本原因を見抜く洞察力が求められます。これらの実践的な技術と知識を活かすことが、設備の安定稼働とライフサイクルコストの最適化につながるでしょう。